自己紹介

対木理恵  Rie Tsuiki
札幌市出身(1980年生まれ)

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RETRIP投稿記事

  •  2010年4月(29歳)
    東京でWebデザイナーとしてフリーランスに。
  •  2016年1月30日(35歳)〜12月
    東京のアパートを引き払いすべての物を捨て、パソコン1つ、働きながら世界を移動する海外ノマドワーカーの生活をスタート。1年間で21か国を巡る。この時のブログはこちら
  • 2017年3月〜6月(36歳)
    ドバイ滞在。多国籍の人たちが集まり、都市の発展にとても勢いのあるドバイに興味を持ち少し長めに滞在。
  • 2017年7月〜(現在)
    日本をもっと知りたく、国内ノマドワーカーとして日本を巡る。

 

経歴&35歳で海外ノマドワーカーになった経緯
注意)かなり長いです。。

1998年(17歳)カナダ留学から帰国後、「今度海外に行く時は何かやりたい事を決めて明確な目標のもと行こう!」という気持ちになる。

 

2000年(20歳)ずっと仕事ができるように何か手に職をつけたいという気持ちになる。でもわからない。ただ、色を勉強しておけば何かの役に立つかな、と思いカラースクール「TRUE COLORS」に行く。代表のSAIKO先生が女性で経営者でオシャレに仕事をしている姿を見て、ただただ憧れる。

 

2003年(22歳)会社という枠に入りたくなく、就職活動はしない。何の迷いもなく大学卒業と同時に「TRUE COLORS」に所属しながらフリーでカラーセラピーやパーソナルカラー診断、メイクの仕事をする。

 

2004年(23歳)私には他に何か出来ることがないのかと思い立ってしまい、急にカラーの世界から離れてしまう。とはいえ、何をしていいか分からず結局就職活動をしても書類すら通らない。昔スチュワーデスになりたかった!と思い出しCA受験をし始める。シンガポール航空やエミレーツ航空を受けていたので、今でも思い入れがある。結果落ち続けたのでまたどうしようか悩む。ボランティア活動をしたいけど、結局自分がきちんと稼いでいないとダメだということに気づき、金銭面も時間面でも自由がきく生活を望むようになる。

 

とはいえ今働かないといけないので、悩んでいたら北海道庁の臨時職員の仕事を紹介してもらえることになり、半年間仕事をする。その間Jobcafeという無料で仕事相談に乗ってくれるところに通う。とことんカウンセリングを受けた。が、自分のやりたい事はわからない。(笑)そうこうしているうちに臨時職員の仕事の任期が終わってしまった。困った。(笑)そんな中、兄から一言「これからの時代Webじゃないの?」と言われた。・・興味がなかった。(笑)でも当時、フリーのWebデザイナーのさおりさんが、フランスで子供服の可愛いECサイトを作って運営していたのを見て衝撃を受けた。パソコン一つで世界のどこでも仕事ができる!そしてこんな可愛いWebサイトってあるんだ、と。

 

2005年(24歳)「デジタルハリウッド札幌校」でWebデザインコースを申し込む。資金がなかったので焦って派遣会社に行って仕事をお願いする。まさかの北海道放送秘書部を紹介してもらい、秘書として仕事をする。

 

2006年(25歳)週末の「デジハリ」を卒業する頃、秘書の仕事を辞めてWeb制作会社「24-7」に入社する。本当に学んできたのかと思うくらい出来が悪かったのに、入社させてもらってありがたかった。がむしゃらに頑張った。週末の「デジハリ」の講師補佐はほぼ後ろで居眠り。(ごめんなさい。。。)

 

2008年(27歳)もうこのままずっと札幌なのかな、と思っていた頃東京転勤のお話で東京へ行かせてもらった。東京での勤務を約1年した頃、せっかく色々な機会を与えてもらったのに勝手に自分の限界を感じ会社を辞める決意をする。

 

2009年(28歳)別業界に転職しようと思っていたけど、自分のスキルで一番出来るのはWebしかなく自社のWebサービスを運営する「SMS」へ派遣社員から契約社員として入社させてもらう。本当は美容業界にも行きたかったので、何かできないかと探していた時に「BAILA」ビューティーモニター(現:スーパーバイラーズ)の募集を発見。やりたい!と思った。でも恥ずかしくて応募締め切りギリギリまで提出できずに…けどその後なんと合格!!何でもやってみるものですね。月に1度はコスメやファッションの撮影。

 

2010年(29歳)急に、会社に所属せずに生きることはできないのか、と思い立ち、「SMS」を辞めてフリーランスとして独立する。(「29歳変動説」というやつだと今でも思う。)
当初、生活できなければバイトしてでも何でもいいと思っていたので何の迷いもなかった。振り返ると本当にたくさんの方々からお仕事をいただきました。きっとみんな心配して仕事くれていたんじゃないかと思います。本当に感謝感謝です。

 

2011年(30歳)「アイリンク」にて芸能のお仕事に声をかけてもらう。Web制作や運用の仕事をいただきながらオーディションを受け、ドラマ、CMなどの撮影をする日々。楽しいこともあったけど、もちろんうまくいかない事もほとんどで、落ち込んだり悩んだりで頑張る日々。

 

それでも埋まらない何か。
自分が何に向かってるのかわからない。
ずっと心にあるのは、人間必ず1人に1つはすごく熱中できる得意な何かがあるはず。
それが何か知りたいだけ。
熱中できる何かがあればどれだけ楽しいことかと、
やりたい事がある人が本当に羨ましかった。
それができれば自分も満足して、人のためにも何かできる。

 

出来れば何かのプロフェッショナルになって
世界を飛び回る生活ができたら、とずっと考えていました。
でもどうがんばっても定まらない。
何の職業でどこの国に行くかも。
全然ピンとこない。
悩んでも悩んでも決まらない。

 

ただ、世界を飛び回る=どこかの会社(人)から求められる
と考えていたので、
何かのプロフェッショナルになってからだと
あまりにも時間がかかりすぎる。
そもそも、そうなれるのか保証がない。

 

「今」に集中して一生懸命目の前のことに取り組み、
楽しんで生きるしか、未来にはつながらないと思い。
「今」に集中した時、私は常に動いていたい。が一番でした。

 

そこで「世界を飛び回る」最終目標を最初に持ってきました。
自力でやる。という思考に変えました。

 

それを実現するためにシンプルに考えたら、
2016年1月30日(35歳)家を引き払い、働きながら世界を移動する生活が始まりました。